入院

母に連れられ県立総合病院へ。

何科へ行けばいいかわからず、総合案内?へ。

とても混んでいて具合の悪い私は母にもたれかかっていた。

 

やっと順番が来て診てもらったところ、

「多分髄膜炎でしょう」

 

そう言われて腰の髄液をとったとき

血が混じっていた。

 

一応CTを撮りましょうということになった。

確か検査室までフラフラしながら歩いた

 

 

 

で、撮影後

 

 

 

 

 

 

お母さん!脳内出血してますよ🩸‼️

 

 

 

 

😵😵

 

 

歩かされていたのに突然担架に乗せられた

 

 

即入院。

脳神経外科が空いてないので

神経内科へ。

 

確かその日は木曜日か金曜日

脳外のベッドが空くのが火曜日で

数日は別の科で効かない薬を

飲んで頭痛に耐えた

 

あまりにも辛かった

 

 

父も祖母も知らせを聞いて大パニック

発症

1997年5月13日

大学1年生18歳の私は授業を受けていた。

休憩の数分前突然プツッと血管が切れた。

血管が切れたとはわからず、

「具合が悪い」

隣にいた友人に伝えた。

冷や汗が出て、気持ち悪い、頭が痛い

 

休憩までもう少しだから待ってから医務室へ行こうと言われた。

 

もしかしたらそのお陰で脳内の出血が広がらなかったのかもしれない

 

休憩に入り医務室へ

 

しかし、保健婦さんいない

 

 

事務の人曰く、

 

貧血ですかねぇと。

 

具合は一向に治らず車で家へ。

 

すぐに化粧を落とした記憶がある。

 

 

寝ていても頭痛が酷く辛かった。

 

翌日総合病院は行くことに。

 

脳動静脈奇形発症について

今から26年前、10万人に1人の脳動静脈奇形を発症。

 

そんな昔なことをなぜ?と思われるかもしれないが、ガンマナイフの後遺症に今でも苦しんでいる。

 

かなり珍しい病、そしてガンマによる副作用はさらに珍しい。

 

私がネットで探してもなかなか出てこない。

だからこそ、私が体験したことが参考になるといいなと思い投稿することに。